ペットの最後に立ち会えるか
ペットの寿命は人間よりも当然短く、飼い始めた頃は「可愛い」だけで済みますが、いつかは別れるときがやって来ます。飼う前に、別れをイメージして覚悟を決めるのは当然のことです。私も過去にダックスフンドを飼っていました。家族がブリーダーのカップルの犬を一時的に預かったときに、うちで生まれた子をもらいました。




「ギン」と名付けたその子は、17歳まで生き、生まれた場所で亡くなりました。可愛くて、物凄く大事に飼いました。ダックスは胴が長いので、必ず腰を痛めます。ある日、ギンの下半身が動かなくなり、少し持ち上げると「キャーン!」と痛そうに悲鳴を上げます。
すぐに動物病院に連れて行くと、腰の骨がずれているとのこと。自然に治るので痛み止めの薬だけ処方してもらい連れて帰りました。「犬を抱っこするときは地面と並行に持ち上げる」のが大原則だと教えてもらいました。
歩けないので散歩にも行けません。しかし、後ろ足の付け根を持ってやると、前足だけで歩きます。暫くはその方法で散歩していましたが、今度は私の腰が悪くなりました(笑)
犬に流れる時間は早く、衰えていくのを見ると切なくなりました。昨日まで後ろ足を踏ん張ってピョンと乗り越えられた所が乗り越えられなくなったのが最初。その時、一緒にいられる時間は限られているということを改めて胸に刻みました。
最後は耳が遠くなり、ずっと寝ていました。おしっことうんちは庭でするので、その時だけ庭に出してやります。ごはんも食べなくなり、段々と痩せ細っていきました。これが最後に撮ったギンの写真です。

「まだ大丈夫だろう」と思い、夏に2ヶ月間だけ北海道の釧路にレオパレスを借りて拠点にし、バイクツーリングをしていました。そしてレオパレスの契約が終わってバイクで帰路を走っていると、母から着信が。不吉な予感がしました。
母:「ギンが死にそうや!!」
私:「そうか・・・仕方ないな」
電話を切り、また走り出します。次の休憩でスマホを見ると、母から留守電が入っていました。
「ギンが死にました」
その瞬間、号泣して暫く立ち尽くしていました。ギンの最後に立ち会えなかった。あれだけ可愛がっていたのに、最後の最後に一緒にいてやれなかった。バイクで走り出しても涙が止まりません。でも、なぜかバイクの前をギンが走っているようにも思えました。
窮屈な体から抜けたギンの魂が北海道まで来て、バイクと一緒に走ってくれている・・・
数日かけて自宅に到着。当然ながらギンはいません。ギンが使っていたクッションとお皿だけがありました。あの時の喪失感は、今思い出しても胸が締め付けられます。でも最後は母と姪っ子が看取ってくれたのでギンは寂しくなかったはずです。しかも生まれた所で亡くなったんですからね。


ペットを飼うなら、最後に看取れるかどうかが本当に大事です。そしてペット火葬は地元の業者をネット検索で見つけて天国に送り出してもらいました。霊園にはペットフードや飲み物の供物が絶えず、そこに埋葬されているペット達が本当に家族として愛されていたのが分かります。
ペットを飼う前に、この記事が参考になれば幸いです。

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